司祭 サムエル 奥 晋一郎
イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」マルタは言った。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであると私は信じております。」(ヨハネによる福音書11章25節~27節)
寒い冬から、暖かい春になりつつあります。桜の木の枝もつぼみの状態です。そんな中、大斎節第5主日を迎えました。2月18日からスタートした今年の大斎節もあとわずかとなりました。
上記の聖書のみ言葉はイエスさまとマルタという女性の会話の一部です。マルタには兄弟のラザロがいましたが、ラザロは死んで4日がたっていました。ちょうどその時に、イエスさまはマルタの所に出かけます。イエスさまはマルタに「わたしは復活であり、命である。」と言われました。イエスさまはこの言葉を、後にご自身が十字架に架けられて死に3日目に復活された出来事を通して、この世での死、肉体の死をもって終わるのではなく、永遠の命があることを示す為に言われました。さらにイエスさまは「わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」とマルタに問いかけます。マルタはイエスさまを神の子、メシア(救い主)であると信じていますと信仰告白をしました。その後、イエスさまはラザロが安置されているお墓に向かわれます。今から2000年前のユダヤの国の墓地は洞穴で、遺体を寝かせた状態で安置していました。入口は岩のような大きな石で塞いでいました。イエスさまは祈り、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫びました。すると死んでいたラザロが出てきました。
マルタがイエスさまに「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであると私は信じております。」と信仰告白をしたように、私たちも洗礼式と朝・夕の礼拝、み言葉の礼拝の時には使徒信経を、聖餐式ではニケア信経を唱え、信仰を告白しています。さらに、使徒信経では最後に「永遠の命を信じます」と唱えています。このことによって、私たちはイエスさまを信じ、たとえこの世での生涯を終えたとしても、死が絶望と悲しみだけで終わるものではないこと、この世での生涯を終えたとしても魂は天国で生き続ける永遠の命があることを覚えたいと思います。大斎節第5主日を迎えています。2週間後、4月5日にイエスさまの復活をお祝いするイースターを迎えます。イースターを迎えるにあたり、イエスさまの十字架と復活によって示された永遠の命を信じることを心に留めたいと思います。