司祭 マタイ 古本靖久

心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。(マタイによる福音書5章3節)

今日の福音書は、マタイによる福音書5章1~12節です。いわゆる「山上の説教」と呼ばれる箇所です。
  心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。
  悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。
このように続いていくイエス様の言葉ですが、どのような人たちに語られたのでしょうか。

5章1節には、「イエスはこの群衆を見て」と書かれています。「この群衆」、それは4章23~25節に書かれている人たちです。いろいろな病気や苦しみに悩む者、悪霊に取りつかれた者、てんかんの者、中風の者など、あらゆる病人がイエス様の評判を聞いた人たちによって、連れて来られていました。その人たちは、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ、ヨルダン川の向こう側からも来たそうです。

イエス様は、その人たちをご覧になりました。その人たちは苦しみ、痛み、病のただ中にいました。自分の力ではどうすることもできなくて、ただ何かにすがるしかありませんでした。その人たちをイエス様は見て、口を開き、語りだしたのです。「心の貧しいあなたがたは、幸いである」と。

心が貧しい、それは心がカラカラに乾ききって、もうどうしようもない状態です。その渇きを何とかいやそうとしても、自分では無理です。神さまにすがるしかない。神さまに頼るしかないのです。

イエス様は語ります。「そのようなあなたがたこそ、幸いなのだ」と。求めるときには、必ず与えられます。探すときには、必ず見つかります。門をたたくときには、必ず開かれます。神さまに寄り頼み、神さまにのみ信頼を置くときに、「あなたこそ幸いなのだ」と告げられるのです。

その喜びが、わたしたちの前にあります。そのことを心に覚え、歩んでまいりましょう。