司祭 ミカエル 藤原健久

「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。」洗礼者ヨハネは、イエス様を指し示しました。弟子たちはヨハネの声を聞き、イエス様に従い、救い主であると分かりました。

世の人々は「この人は偉い人だ、立派な人だ」と、色んな人を指し示します。けれども、人間の理解は不十分で、時には間違えます。私たちは、人々の指し示しではなく、神様が指し示す人を見つめ、従いたいと思います。

では、神様が指し示す人とは、どのような人でしょう。イエス様のみ言葉を思います。「心の貧しい人は幸いである、悲しむ人々は…、柔和な人々は…」イエス様が指し示したのは、世の人々から軽んじられ、時に無視されるような人々でした。この様な人々を、神様は指し示しされます。私たちは神様が指し示す人々を見つめ、従っていくのです。

神様は私たち一人一人をも指し示されます。けれどもそれは、世の人々とは違います。世の人々は私たちの強いところ、他人に勝つところを指し示します。けれども神様は、私たちの弱いところ、負けるところ、みんなと分かち合うところを指し示されるのです。

神様は、イエス様の十字架を、指し示されます。私たちは十字架に従っていくのです。