司祭 アントニオ 出口 崇
『起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、そこにとどまっていなさい』マタ2:13
2025年12月29日は「聖なる幼子の日」という、年末最後の祝日がありました。
クリスマスの直後に、エジプトに逃亡するイエス様とその家族。そして、ヘロデによる幼子の虐殺という痛ましい記事が書かれています。
イエスさまのこの世での生は、最初から苦難に満ちていました。
「クリスマスおめでとうございます」と私たちは、あたかもハッピーエンドのお話を見た後のように言っていましたが、マリアとヨセフにとっては、全く心休まる時がなかったのではないでしょうか。疲れ果てて眠っているヨセフに天使はヘロデ王の迫害から逃げるように命じます。そして、逃亡先のエジプトで、落ち着いた生活をしていたのに、再び命の危険のあるイスラエルに戻るように言われます。
私たちの世界を見ましても、クリスマスや、新年を素直に喜べない状況があります。戦争や、災害、また、親しい人の死と言うものに直面するとき、神さまの御心が分からなくなる。元々分からないが、「なんで」という疑問がわいてきます。
『起きて、子供とその母親を連れて…』
天使の言う「起きろ」という言葉は、ただ、睡眠、疲れて眠りこけている状態から目を覚ますことを意味しているだけでなく、神さまから心を離れた人に対して、神さまに心をむけさせる言葉でもありました。その命令には、神さまの保障がある、私が共にいるから「起きなさい」という意味を持つ言葉でした。
天使のお告げを聞いたヨセフは、「何で」という疑問を持ちながらも、共にいてくださる神様に全てを委ねて行動したのではないでしょうか。
そして、そんなヨセフとマリアに、幼子であるイエスは全てを委ねていました。
新しい年、よい年であるように、私たち一人ひとりに関わる全ての人に、あまりしんどいことがないように、と祈りつつも、復活のイエス様の「起きろ」という言葉に耳を傾けていたいです。