司祭 ヨハネ 荒木太一
「しるしを求めなさい」【イザヤ書 7:11】
子どもの帰りが遅い。暗くなってから帰って来て言うには「自転車がパンクして押して帰って来た」と。「ヘルプ出しいやぁ。そのための携帯やんかぁ。すぐに迎えに行ったるのに」と私。ピンチのときにヘルプを出してくれたら必ず助けに行くのに…。
紀元前733年、弱小国のユダも危機にありました。大国アッシリアの圧力に押され、隣国のイスラエルとシリアが組んで戦争を仕掛けてきたのです。怯える王様アハズに預言者イザヤは告げました。「主にしるしを求めよ、陰府の深みへと、あるいは天へと高く求めよ」。地獄の底まで、天の極みまで。
しかしアハズは偽の敬虔を装って信頼せず拒絶します。「私は求めません。主を試しません。」それに対してイザヤは、それでも与えられる神の約束のしるしを告げました。「おとめが身ごもって男の子を生む。その子の名はインマヌエル。主が共にいることのしるしだ」と。
最初のクリスチャンらはこの預言がイエスさまの内に成就したと解釈し、喜びました。「主はどれだけ長い年月が流れても、国が滅びて捕囚になっても、決して自分たちを忘れず、ダビデとアハズの約束に忠実でいてくださった。共にいてくださった。だからこれからも具体的な歴史のなかで、必ず私たちと共にいてくださる。」
人生の危機、教会の危機にあって、私たちはつい自分の考えの範疇に留まり、勝手に諦めます。助けを求めません。しかし神は私たちがご自身を信頼し、助けを求めること、愛と導きのしるしを求めて欲しいのです。そしてそのしるしは必ず成就します。そして証明します。「私はあなたと共にいる」ことを。
あなたはこのクリスマス、どんな助けを、どんなしるしを求めますか。あなたの教会の一員としてどんな助けを、しるしを求めますか。
既に一つ確かなしるしが与えられています。それがイエスさまが目の前にいるしるし、聖餐です。これを祝うとき私たちの中で成就します。主は確かに共にいる。
しるしを求めて教会のクリスマスに集まりましょう。