司祭 ダニエル 鈴木恵一
教会の暦は一年を締めくくり迎えました。わたしたちはそして救いの完成へと心を向け、そしてこれからはじまるキリストを迎える備えの季節に向けて心を整えていきます。
きょうの福音書で語られるイエスさまの姿は、十字架の上で、罪なきお方でありながら最も深い苦痛を受けられる姿です。人々は「自分を救ってみろ」と嘲笑しましたが、イエスさまはご自身を救う力を持ちながらも、あえてなさいませんでした。これは、単に暴力を容認することとは違います。むしろ、暴力に苦しむすべての存在と深く連帯する姿です。
暴力は人を孤立させ、力を奪います。イエスさまもまた、人からも神からも見捨てられたかのような絶望の中に置かれました。しかし、イエスさまはその極限の苦しみの中で、神さまへの信頼と人への愛を失いませんでした。絶望や憎しみに支配されることなく、自分を十字架につけた人々までも愛し抜かれました。
その無力に見える十字架の中にこそ、愛と連帯によって暴力の連鎖を断ち切り、真に打ち勝つ力が宿っています。そして、救いの完成の姿もそこにあります。
イエスさまを信じた一人の犯罪人が「御国においでになるとき、わたしを思い出してください」と願ったとき、イエスさまは「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と約束されました。苦しみのどん底にあっても、イエスさまが共にいてくださると気づいたその場所が、すでに楽園となる。イエスさまの御前には、常に新しい命と希望があります。
わたしたちは、イエスさまがいつも共にいてくださることに感謝し、その愛と光の中で祈りをささげていきましょう。