司祭 サムエル 小林宏治

今回は「見失った羊のたとえ」というお話です。このお話は、とても有名なたとえ話です。

あるところに、100匹の羊を持っている羊飼いがいました。
ある日、羊飼いは羊を連れて野原に出かけ、羊においしい草を食べさせていました。
しばらくして、羊飼いが羊を数えてみると、99匹しかいませんでした。
すぐさま、羊飼いは、99匹の羊を野原に残し、見失った羊を捜しに行きました。
羊飼いは、見失った一匹の羊を見つけ出すまで一生懸命探し回りました。
そして、とうとう羊を見つけ出すことができました。
羊を見つけた羊飼いは、喜んで羊を担いで家に帰り、友だちや近所の人たちに、見失った羊が見つかった、その喜びを、話して回りました。

このお話は、100匹の羊と羊飼いの関係がとっても重要です。
もし、羊飼いが、一匹ぐらいいなくなっても大したことないと思う人だったらどうでしょうか。違った結果となったでしょう。
たとえ一匹でも、失うことのないようにと思っている羊飼い、100匹すべてが大切と思っている羊飼いゆえに、うれしい結果が待っていたのです。

この羊飼いは、ただの羊飼いではありません。この羊飼いは神様、またはイエス様を表わしています。また、羊はわたしたちと置き換えることができます。イエス様はすべての人を大切に思っておられるのです。ゆえに、神様から離れても、また、神様のもとに戻ってくることを喜ばれます。

いつもよい行いをしていたから、助けに来てくれたのでしょうか。イエス様は、どのような人であろうと、愛してくださいます。そして、助けてくださいます。困っている人、助けを必要としている人を助けずにはいられないのです。

イエス様は1匹でも迷い出れば、99匹を野原に残して、見失った1匹を見つけ出すまで捜し回わるといわれます。そして、見つかったら大きな喜びがそこにあると言われます。

この世界のだれもが神様に愛されています。わたしたち一人一人が神様に、そして、イエス様に愛されていることを覚えたいと思います。わたしたちは、神様にとってかけがえのない大切な存在なのです。また、自分だけでなく、他の人もそのような存在であることも忘れてはなりません。