司祭 エレナ 古本みさ
イエスさまは、十字架に向かわれる旅の途中、多くの町や村で人々に教えておられました。ある日、ひとりの人が尋ねます。「主よ、救われる者は少ないのでしょうか。」この問い、なんだか少し嫌な感じがしますね。おそらくそれは、自分の救いを真剣に求める姿勢ではなく、「人と比べて自分はどうか」という思いが感じられるからです。
しかしイエスさまは、こう答えられました。「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。」それは数の問題ではありません。どれだけ知識があるか、どれだけ形式を守ったかでもありません。イエスさまは「愛のない信仰」「心の伴わない行い」を退けられるのです。どんなに熱心に礼拝に出席しても、洗礼を受けていても、献金をしていても――もしそこに愛がなければ、それは神さまに「知らない」と言われてしまうのです。
パウロも語りました。「愛がなければ、何をしても無に等しい。」(コリントⅠ13:2-3)厳しい言葉ですが、同時に深い慰めでもあります。なぜなら、救いの道はただ一つ、イエスさまご自身だからです。狭い戸口とはイエスさまであり、その愛によって生かされていることを自覚し、その愛を受けて他者をも大切にすることが、神の国に入る唯一の道なのです。
ですから私たちは問い直さなければなりません。「私は人と比べて安心していないだろうか。」「私はただ形だけの信仰生活にとどまっていないだろうか。」神さまは、私たちがイエス様に倣って生きることを望んでおられます。愛によって他者に仕えるとき、私たちはすでに神の国を先取りしているのです。