司祭 ダニエル 鈴木恵一
社会事業の大切さについて考えるとき、わたしたちはその根底にある「心のあり方」に目を向ける必要があります。社会事業は、単なる制度や仕組みではなく、そこに関わる一人ひとりの愛と謙遜な心によって成り立っています。キリスト教の精神に基づく社会事業は、困難や苦しみの中にある人々と共に歩み、支えるための愛の実践です。
ルカによる福音書18章に記された「ファリサイ派と徴税人のたとえ」は、わたしたちに奉仕の本質を教えてくれます。奉仕とは、自己満足や他者との比較ではなく、神さまの愛に応える謙虚な心から生まれるものです。徴税人のように、自分の弱さを認め、神さまのあわれみに感謝する心が、真の奉仕の原動力となります。
社会事業においても同じことが言えます。わたしたちが行う一つひとつの働きが、他者の評価や自己の誇りのためではなく、神さまの栄光と隣人への純粋な愛のためであるとき、それは真に意味のあるものとなります。制度や仕組みだけでは救いきれない人々がいるからこそ、わたしたちは愛と謙遜をもって新たな社会事業を生み出し、支えていく使命があります。
「自分を高くする人は低くされ、自分を低くする人は高くされる」というイエスさまの言葉は、わたしたちの奉仕の姿勢を問い直す重要なメッセージです。わたしたちの心が謙虚であり、神さまの愛に満たされているとき、その奉仕は神さまに喜ばれ、祝福されるものとなります。 社会事業の日にあたり、わたしたちは改めて、自分の心のあり方を見つめ直し、神さまの愛に応える奉仕を続けていきましょう。困難に直面する人々と共に歩む中で、わたしたち自身もまた、神さまの愛に支えられ、成長していきます。謙遜な心と愛をもって、社会事業を通じて神さまの愛を広げていきましょう。