司祭 マタイ 古本靖久

イエス様は婚宴のたとえを話されました。ここでいう婚宴とは、神の国の宴会のことです。あなたが神の国の宴会に招待されたらどうするのか、とイエス様は語るのです。

わたしたちが神の国の宴会に呼ばれたとしましょう。そのときに、それは当然だ、わたしは呼ばれるだけのことをした。呼ばれてしかるべき理由がわたしにはある。そのように考える人は果たしているでしょうか。

わたしたちが誰かを食事に誘うときに、どんな人を誘うでしょうか。家族や親戚、お世話になった人、仕事仲間や友人、これから関係を持ちたい人など。しかし神さまにとって、あなたはどんな関係なのでしょう。神さまからみてあなたは、ちっぽけな一人です。何度も罪を犯し、神さまに背き、本当であれば神さまに見捨てられてもおかしくないはずです。

しかし神さまは、そんなあなたを招かれるのです。あなたは半信半疑で、招待状を受け取るでしょう。あて名を間違ったのかもしれない。だまされているのかもしれない。でも恐る恐る招待状を手に、指定された場所についたら、「お待ちしておりました」と迎えてくれるのです。

通された部屋は、大きな広間です。あなたが心の底から、わたしなんてふさわしくない、場違いだと思うのであれば、上席なんかにつくことができるでしょうか。謙遜に、というレベルではありません。わたしたちが自分のことをちゃんとわかっているのか、そしてそれでも招いてくださる神さまのお恵みに気づいているのか、そういうことだと思います。

末席で、ただじっとしているあなたの姿を見て、招かれた方はこう語り掛けます。「さあ、もっと上席に進んでください」と。この「さあ」という言葉、原文では、「友よ」という意味の言葉が使われています。あなたは場違いではない。招きに応じたあなたは神さまにとって、「友」なのです。かけがえのない存在なのです。