司祭 ヨハネ 荒木太一
「マルタ、マルタ、必要なことはただ一つだけだ」ルカ10:41
「働き者のお姉さんが叱られて、なんでボーッとしてる妹が誉められるのか」と言う声が聞こえてきそうです。
ですがイエスさまは、おもてなしを軽視しているのではありません。その多忙さゆえに「思い悩み、心を乱し」妹に不満を募らせているマルタを愛情込めて戒めているのです。「マルタ、マルタ」と。マルタは、足を洗う用意や、ぶどう酒や、料理のことでマルタは頭がいっぱいで、ゲスト本人の存在は二の次になっていました。だから「必要なことはただ一つだけだ」と。
その唯一必要なおもてなしとは、ゲストの心と言葉を聴くことです。今、ベタニアの自宅に迎え入れた目の前のこのお方は神の子。このお方はエルサレムでの十字架へと進むにあたって愛の言葉を語られている。このお方の望みは洗足でも料理でも酒でもない。自分の言葉を、神の言葉を聞くことなのです。
教会も同じ。私たちは様々な奉仕でイエスさまをお迎えします。しかし時には摩擦や無力感に合い「思い悩み、心を乱します。」しかし最も大切なおもてなしは、ゲストの言葉を聞くことです。全ての奉仕はそのためにあります。
礼拝では、聴くことで主をもてなしましょう。聖書と説教を通した、主の言葉を。聖別祷とご聖体で自らを現す主の存在を。聴きましょう。「あなたのために与えられた主イエスキリストの体。」
魂の家も同じ。イエスさまを魂にお迎えするために「悩む思い、乱す心」を全て捨てて今、目の前におられるゲストの言葉を聴きましょう。その時々の、主の言葉を必死に聞き取りましょう。
そうすれば主は喜ばれます。「よく聴いてくれた。ここに来てよかった。」