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The Diocese of Kyoto

About Us

日本聖公会京都教区について

 このたびは、日本聖公会京都教区のホームページをご覧くださりありがとうございます。
京都教区は、日本聖公会11教区の中で北から7番目南から5番目に位置しています。
9府県《京都府、大阪府の一部、奈良県、和歌山県、三重県、滋賀県、福井県、石川県、富山県》にまたがる教区です。
主教座聖堂は京都にあり、このことから京都教区の名称を持っています。
教会数は42(伝道所を含む)、日本聖公会の中で最も多い教会数の教区です。
信徒(現在堅信受領者)数は1,301人、聖職数は主教1人司祭26人(2022年度末)。
京都教区の教会は幼稚園や保育園などの多くの教会を併設して地域社会に貢献しています。

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Topics & Message

               

メッセージとトピックス

Apr 24 2026

主教のページ&主教メッセージ

主教 アシジのフランシス 西原廉太(中部教区主教・京都教区管理主教) イエスさまが十字架に架けられ、墓に葬られました。その週の初めの日の朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に急ぎました。彼女が、最後に主イエスにして差し上げられる唯一のことが、イエスさまのお体に香油を塗ることでした。しかし、マグダラのマリアがイエスさまの葬られた墓に辿りついた時、墓から石が取りのけてあり、墓の中にあるはずのイエスさまの体はなかったのです。聖書にはこう記されています。「マリアは墓の外に立って泣いていた」。そんな彼女のそばに、いつの間にかイエスさまが立たれていました。そして、イエスさまは、マリアにこう語りかけられるのです。「なぜ泣いているのか」と。 実はこの「なぜ」というのは、マグダラのマリアがずっと抱えていた問いに他なりませんでした。「なぜ」私たちの主が、この地上から、私たちのもとから居なくならなければならないのですか。神さまは「なぜ」このような試練を私たちにお与えになるのですか。「なぜ」こんな不安と悲しみ、恐れを私たちにお与えになるのですか、という問いです。 この「なぜ」という問いは、マリアだけのものではなく、私たち一人ひとりの「なぜ」でもあります。私たちもそれぞれの日常の中で、いつも何かしら、この「なぜ」を神さまに問い、打ちひしがれる存在です。神さまはなぜ、私に、こんな抱えきれないような重荷を背負わされるのですか。なぜ、あなたは、こんな悲しみや苦しみを私にお与えになるのですか。あるいは、あの時、なぜ、私は、こうしなかったのか。私はなぜ、あの時に、あの人の傍に居てあげられなかったのか。私たちにはそのような「なぜ」もあります。 そのような私たち一人ひとりに、主は、「あなたは、なぜ泣いているのか」と言われるのです。主は、私たちの尽きることのない「なぜ」を取り上げられるのです。そして逆に、私たちに「なぜ」と問いかけられる。主は、私たちがなぜ泣いているのかは、すでに十分に知っておられる。主は、「なぜ」なのかと悲しみ嘆くその私たちの「なぜ」をそのまま引き受けてくださる。そして、こう私たちに語りかけてくださるのです。「あなたは、なぜ、泣いているのか。あなたはもう、泣く必要はないのだ」と。 私たちのあらゆる「なぜ」を引き受けてくださる主に、すべてを委ねましょう。そして、ただひたすらに「アーメン」と応えながら、主のご復活の道を共に歩みましょう。

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Jun 05 2026

今週のメッセージ
週替わりで各教会からのメッセージです

司祭 アントニオ 出口 崇 「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」【マタイ9:13】 今日の福音書は、徴税人マタイの召命の記事です。「召命」とは、神様に呼ばれること。普段使うことのない言葉ですが、牧師になろうとする神学生、牧師になってからの聖職者には、常に、ことあるごとに、自分自身が本当にこの働きをするために、神様からの召しを受けているのか、呼ばれているのかを考え、時には悩みます。マタイのように、「私に従いなさい」と直接イエス様に声をかけられてたら、良いのですが、イエス様が私のもとに来て、「私に従いなさい、牧師になりなさい」と言われたわけでもないのに、牧師の道を志す、牧師として働いている。「本当に私は召されているのか、この道に呼ばれているのか」もちろん、牧師に限らずそれぞれの人生の選択、決断をする時、本当にこれで良いのか、もっと他に道はないのか、様々な葛藤を経て今に至っていることと思います。今思えばそんな答えの出ないことに、悶々とし続けている時期が、とても大切な時間だったと思いますが、呼ばれたときに、何も言わずにすぐに立ち上がり、従っていったマタイの姿が、「呼ばれた時にどう答えるか」というもう一つの具体的な課題に対して、とても勇気を与えてくれます。徴税人として人々から疎まれていたマタイにとって、直接名前を呼ばれ、共に歩もうと声をかけられたことの喜びがまずありました。責任、立場、自分自身の抱えている問題や弱さ、そこを考える前にまず、とてもうれしいことと感じた、喜びと感じました。イエス様は私たち一人一人と共に歩むことを求めてくださっています。様々な不安はありますが、イエス様の思いを受け取り、喜んで歩めればと思います。

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May 02 2025

京都教区各伝道区

到着しだい、ぞくぞくとUPしていきます。教会のようすなどもお知らせください。

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